PEOPLE & PERSPECTIVES / 人々の声 01

MENSA会員が語る、IQの本当のこと

IQが高ければ成功するのか。会話はどこまで通じるのか。MENSA会員の運営者が語る、ビジネスの「少しの得」と、それだけでは決まらない仕事や人間関係。

語り:当サイト運営者本人談をもとに編集・構成
MENSA会員が語る、IQの本当のこと。少し先から走れても、その後は自分で走る。
思考と試行錯誤をテーマに制作したイメージ画像。正式な知能検査の問題ではありません。

IQが高いと、何が得なのだろう。仕事ができる。人の話をすぐに理解できる。努力をしなくても、うまくいく。高い数字から、そんな姿を想像することはないだろうか。

MENSA会員である当サイトの運営者に、自分の能力をどう捉えているかを尋ねると、ビジネスでは「ちょっとフライングしてやれる得」があるのだと思う、と答えた。ただし、その言葉には続きがある。「その後一生懸命走らないと意味ないけど」。

少し先から走り出せることと、最後まで走れることは違う。では、その得はどこにあり、どこから先は別の力が必要になるのか。仕事、会話、人との関わりをめぐる本人の経験から、IQの使いどころを考えてみたい。

IQは、スタートで少し得をする。でも、ゴールは約束しない

高いIQがあれば、ビジネスでも有利なのか。本人は、利点そのものを否定しない。スタートラインで「ちょっとフライング」できる、というのが、その感覚を表す言葉だった。

一方で、仕事や人生の結果についての考えを聞くと、IQの高さだけでは説明できないと答える。

IQが高いからといって、成功するわけではない、使いこなす能力や努力し続ける能力のほうがよっぽど大事。

本人が重く見ているのは、持っている能力を使いこなすことと、努力を続けることだ。何かを得意としているだけでは、その力を仕事の成果につなげたことにはならない。少し早く走り出せたとしても、走るのをやめれば、その先には進めない。

高いIQの価値を認めることと、それを成功の保証にすること。その二つを分けているところに、この仕事観の特徴がある。「得はある。でも、その後は走らないといけない」。本人の言葉は、その両方に向いている。

なお、これは本人が仕事をどう捉えているかを表す比喩だ。IQが仕事の成果とどう関わるかという研究の話は、関連記事「IQは、仕事の切り札になるか」で別に扱っている。

「10を説明しなくても通じる」は、実際に感じた

では、本人が、自分にとっての話しやすさをはっきり感じた場面はあるのか。挙がったのは、MENSAの交流会だった。

その場には、芸人、飲食店に関わる人、弁護士、医師など、さまざまな職業の人がいた。職業が共通していたわけではない。それでも、本人には会話の進み方に共通する感覚があった。

10を伝えなくてもすいすい話が進んでいく感じがした。

説明をすべて重ねなくても、話が先へ進む。本人が印象に残しているのは、相手の肩書きよりも、そのやり取りの感覚だ。誰もが同じ職業や専門知識を持っているから、という理由では説明しきれない話しやすさがあったという。

この経験を「高いIQの人は、どんな相手とも話が合う」という話に広げる必要はない。本人が語っているのは、参加した交流会で、自分には会話が進めやすく感じられた、ということだ。

実際、MENSAの公式紹介でも、共通の入会基準の一方で、会員の職業や背景、考え方の幅広さが説明されている。同じ基準で集まったことと、何もかも同じであることは別だ。その中で、本人は会話の通じやすさを感じた。

論理を速く進めれば、会話もうまくいくのか

一方で、日常生活では、人と話が合わないと感じることが多かった。本人はそれを、論理的でないと感じるものへの違和感だったのではないか、と振り返る。

MENSAに入って、自分の違和感の正体が少し分かった気がした。その結果、以前は話が合わないと感じていた相手に、イライラすることがなくなったという。そこで出てきたのは、相手の感じ方への想像だった。

逆に、そうではない人はすぐに論理展開されることに逆のイライラがあるんだろうと思えるようになった。

自分には自然な速度で進めている話でも、相手には急に展開されたように感じられるかもしれない。自分が話の進まなさにいらだつなら、相手は話を進められすぎることにいらだっているのかもしれない。本人は、そう考えられるようになった。

相手が実際にどう感じていたかを確認したわけではない。それでも、自分の側だけから見ていた会話を、相手の側からも考えるようになったという変化がある。

話が合う人に出会ったことが、合わないと感じる人を理解するきっかけにもなった。高いIQが会話のすべてを解決してくれる、という話ではなく、自分の話し方が相手にはどう届くのかを考える経験として読むことができる。

高いスコアの記憶と、日常で感じていたずれ

そもそも、本人が入会のきっかけとして挙げたのは、子どもの頃の記憶と、日々の会話で感じていたずれだった。

小学生だった1990年代初頭、学校で受けた何かのテストについて、スコアが学校で一番高かったと、親が伝えられたらしい。そのことを覚えているという。テストの名称や詳しい内容は、今ははっきりしない。本人はSPIのようなものだったのかもしれないと振り返るが、検査名や当時の成績資料は確認できていない。

この記憶を、正式なIQ検査の結果として扱うことはできない。ただ、本人が知能への関心を振り返ったときに出てきた、ひとつの出来事ではある。それに加えて、日常の中で「なんだか話が合わない」と感じることが多かった。

本人が入会の背景として語ったのは、学校でのテストと、日常の中で感じていた違和感だった。そして入会後には、その違和感をどう受け止めるかが少し変わった。会員資格を得たことだけでなく、そこから相手を見る目が変わったことまでが、今回の経験には含まれている。

IQに得はあると思う。けれど、それを使いこなす力や努力を続ける力のほうが、よほど大事だと感じている。話が通じやすい場もあった。でも、自分の論理の進め方が、相手をいらだたせることもあるのかもしれない。今回の話には、そうした両面があった。

先に出られることは、走り続けることの代わりにはならない。「その後一生懸命走らないと意味ないけど」。その一言に、本人がIQに期待していることと、それだけでは足りないと感じていることが表れていた。

この体験談について

語り:当サイト運営者(MENSA会員)。2026年10月20日に本人が寄せた回答をもとに、知能をたずねてが編集・構成しました。この記事は会員ひとりの経験・考え方を紹介するもので、MENSAの公式見解を示すものではありません。本文の引用部分は本人の言葉です。入会時期や交流会の開催時期・場所、正確なIQ値は掲載していません。

幼少期のテストについては、本人の記憶と、親が伝えられたという話の範囲で記載しています。検査名や成績資料の確認はできていません。会話についての感じ方や、仕事のスタートラインの比喩は、本人の実感・考え方です。

団体の背景と入会基準の確認には、Mensa International「Mensa Today」を参照しました(確認日:2026年10月20日)。当サイトはMENSA・JAPAN MENSAの公式・公認サイトではありません。

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